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arbor_vitae

留年院生。絵描いてます。LGBT調べてます。憲法やってました(過去形)。ここはメモ帳です。

【メモ】ジト目の研究――ジト目とは何か、半目との違い、シュレーディンガーのジト目

 ジト目という目つきがあります。こういう目です。

 

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上:武月睦『やおろちの巫女さん 第1巻』(講談社、2016年)135頁。下:同111頁。

 

 ユキちゃん本当ため息が出るくらい可愛いですね。ほぼ全ページに渡ってジト目のユキちゃんを崇められる『やおろちの巫女さん』、皆さんも読みましょう。

 

やおろちの巫女さん(1) (ヤンマガKCスペシャル)

やおろちの巫女さん(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 

 

 このままユキちゃんがいかにキュートでアメイジングでファンタスティックであるかを語ってもいいのですが、本稿の趣旨から逸れるのでやめましょう。

 この記事は、筆者が「ジト目ってなんかよくわからんぞ???」と思ったのでそれについてちょっと調べたメモです。「可愛けりゃこまけぇこたぁいいんだよ」という意見もひとつの真理ですが、理論なくして最高のジト目なしでございますぞ。ジト目をさらに深く味わうためにはジト目について学ぶ必要がありましょう。ジト目に敬意を払うとはそういうことではないでしょうか*1

 

1.「ジト目」の定義

 米国の探偵調査会社会長テリー・レンツナーは、何かわかんないことがあったらまずググれと言いました(言ってないかもしれない)。まずは「ジト目」でググるのです。

 「ジト目」の検索結果は約598,000件。まずはトップに来たピクシブ百科事典の定義を確認しましょう。

 

「軽蔑・不審・呆れなどの負の感情を持った時の表情。またはそのときの目の形」

 

 なるほど。ここでジト目とは「負の感情を持ったときの表情」だとされています*2。しかし、ユキちゃんの2枚目の画像からもわかるように、笑顔のジト目、つまり負の感情を持たないジト目もありうるのではないでしょうか?少し考えてみましょう。

 

2.負の感情を持たないジト目ってありうるの?

 この点につき、ピクシブ百科事典は「ジト目の定義について」という項目で次の通り述べています。

 

この記事ではジト目を「負の感情を持っている」事が前提として記述しているが、時としてその認識の食い違いによって口論が起きる事もある。
「半目=ジト目」程度の認識で使っている人もいれば、「負の感情がなければいけない」と考えている人もいる。
pixivでは、イラストを描いた作者がジト目だと言っていれば、(ジト目のタグを付けたならば)そのイラストのキャラはジト目だ、という風に思っておけばとりあえず口論は起きないだろう。

 

 最後の「イラストを描いた作者がジト目だと言っていれば、……そのイラストのキャラはジト目だ、という風に思っておけばとりあえず口論は起きない」という対症療法的なコメントがオタクの面倒くささを象徴していますね。それはさておき、この定義を前提とすれば、「ジト目」について、大きく分けて次の2つの立場があるといえそうです。

 

  1. 「半目(=目を半分開いた、あるいはそう見える状態)である」ことに加え、「負の感情を持っている」ことを求める立場(負の感情必要説)
  2. 「半目であ」りさえすればよいとする立場(負の感情不要説)

 

 先のユキちゃんの「だーーめっ」は負の感情不要説からいえばジト目だといえるでしょう。しかし、負の感情必要説からいえばジト目ではないということになるでしょう。笑顔なんですから。

 この見解の分裂は単なる定義の決め方の問題にすぎないのかもしれません。また、そもそも定義など存在しないところに定義に関する2つの説を無理やり立てただけといえなくもありません。であるならば、いずれの説が正しいか論ずるのは表面的には意味がないことでしょう。「イラストを描いた作者がジト目だと言っていれば、……そのイラストのキャラはジト目」なのだということにしておけばみんなハッピーなのです*3問題棚上げともいいますが

 

3.おまけ:シュレーディンガーのジト目――「ジト目」であるか否かは見ただけではわからない!

 簡単な調査としては(飽きたので)ここで終わりにしますが、ちょっとややこしい話を思いついたのでメモしておきます(まとまってないですが)。

 先ほど、負の感情必要説と負の感情不要説とがあるといいました。ここで面白いのは、負の感情必要説においては、ある半目が「ジト目」であるか否かを判断するためには、その半目が登場するコンテクスト(文脈・状況)に関する知識が不可欠であるということです。つまり、そのキャラクターが「どんな気持ちで半目になっているのか」を知らねばならないということです。

 ところで、1枚目のユキちゃんの画像は、実は次のような状況の中で現れた半目でした。

 

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 この目は負の感情必要説からしても不要説からしても「ジト目」だといってよいものでしょう。自分の死を「気にしてもしょうがない」などと言われたユキちゃんには負の感情があるでしょうからね。しかし、注意すべきは、この2枚の追加画像がなければ、ユキちゃんがどんな気持ちで半目になっていたかはわからなかったということです。

 つまり、負の感情必要説の立場では、単なる半目のイラストを見ただけではそれが「ジト目」であるか否かを判断できない場合があるのです*4。それは作品を読んでみて初めてわかることなのです。箱に閉じ込められた猫が生きているのか死んでいるのかが箱のフタを開けてみるまでわからないのと同じように、ある半目がジト目であるかそうでないのかは作品を読んでみるまでわからないということです。

 また、負の感情必要説においては「ジト目キャラ」が成立する余地が狭まってしまうことになるかもしれません。というのも、あるキャラクターが常に半目であるからといって、常に負の感情を抱いているとは限らないからです。

 人間の表情の理解はしばしばコンテクストに依存します。ゲーリー・フェイジンは、「描かれた人物の感情を読み取る時は、周囲の状況や背景にも影響される」*5と指摘しています。負の感情必要説からすると、ジト目とは、負の感情をコンテクストから読み取れる際に観察できる瞬間的な現象ということになりましょうか。それは単なる半目とは全く異なるものです。 

 ところで、負の感情不要説、つまり「半目=ジト目」という理解には疑問があります。すなわち、「ジト目とは本当に単なる半目の言い換えにすぎないのか?」という疑問です。たとえば、寝起きでボーっとしている顔を考えてみましょう。

 

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ヒジキ『あやかしこ 第1巻』(KADOKAWA、2015年)第2話。 

 

 これをジト目と呼ぶ人は少数派でしょう。もしこういった半目をジト目と呼ばないとすれば、ジト目とは単なる「半目」ではないということになるでしょう。少なくとも、全く同一の言葉であるとはいえません(そもそも全く同じであるならばジト目と言い換える意味がありません)。また、仮にこの絵の台詞等を消して「親に怒られて泣いている女の子の絵です」と紹介したならば、この絵をジト目と解釈する人も増えるかもしれません。

 もちろん、以上の議論は必要説vs不要説という大雑把で単純な二分論を前提とするものです。ピクシブ百科事典の記述が示唆するように、実際のところ、ジト目に関する大方の理解は、この中間的なところにあるでしょう。

 今のところの僕の結論は、ジト目の解釈においてコンテクストを完全に無視することはできない、という程度のものですね。いや、要はよくわからないということですが。あと、いくらメモとはいえ上の議論もまとまりがないですね……

 

4.ジト目の定義とかどうでもよくね?←確かにどうでもいい。でも考える価値はあるかもしれない。

 ジト目とは何であるかということを究明することは、すなわちジト目の必要条件、あるいはジト目の本質を究明するということです。ジト目とは何であるかが明らかになれば、創作活動においてジト目を表現することが容易になるかもしれません

 仮に、ジト目とは「負の感情を伴った半目」であるとしましょう(負の感情必要説)。そうであるとすると、ただ半目に描いただけではジト目にならないということになります。ゆえに、ジト目キャラを描くためには、コンテクストを与える記号、たとえばつり上がった眉(怒りを表す)を描き足すといったことが必要になります。

 また、ジト目の定義の研究は、ジト目っぷりを強調する手法の選び方の参考になるかもしれません。ジト目キャラには鬱々とした効果線を選んだほうがいい、とかね。

 こういった調査は、結果を報告すると「当たり前のことだろ」と言われがちですが、それがなぜ当たり前なのか考えること、つまり漠然と共有されている印象を文章化する行為には意味があるように思います*6

 まぁこういう高邁な発想はあとづけで、実際のところ単に気になったから調べただけなんですけどね。

 

(追記2017年1月30日)いろいろ書きましたが、定義から迫るアプローチがどれだけ有効であるか、という点には疑問がなくもないです。結局、人々がジト目についてどう考えているのか、という社会学的なアプローチの方が有効かなぁ(調べようがないけど)と思っています。書いてすぐの時点でそう考えていましたが、完全に追記するのを忘れてました。

 

参考:

ジト目 (じとめ)とは【ピクシブ百科事典】

ジト目とは (ジトメとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

ジト目の同義語 - 類語辞典(シソーラス)

ジト目/ ジト眼/ 同人用語の基礎知識

 

*1:といいつつ筆者にはとくにジト目に対する基礎理論の構想はないので、誰かより詳しく研究してください。まーそのなんだ、現象学とか役に立つんじゃないですか、知らんけど。

*2:他のネット上の定義も似たり寄ったり。当たり前だが国語辞典に「ジト目」の定義は載っていなかった。ちなみに、ジト目についての研究論文があるかもしれないと思ってグーグルスカラーでも検索してみた。「神経心理学におけるポジトロンCT の有用性 最近の話題」。うん、これは違うな。たぶん本格的な研究は無い気がしますけど、詳しく調べたわけではないのでちょっとわかりません。

*3:なお、ピクシブ百科事典の「ジト目の種類」の項目は、負の感情を有していない場合の表情についてもジト目と呼ばれることがあるとして、いくつか例を挙げています。

*4:「場合がある」と限定的に言ったのは、本文で後述するように、つり上がった眉や涙といった記号でコンテクストを付与することが可能なケースがあるからです。ジト目であるか否かの判断が困難なケースとは、1枚目、135頁のユキちゃんの顔のように、あいまいな表情を浮かべているケースです(2枚目の「だーーめっ」を見た後に見ると、笑っているようにもみえませんか?)。ゲーリー・フェイジンは、「状況にもっとも影響を受けやすい顔は、あいまいな表情を浮かべたもの、あるいはごくわずかな表情しか浮かべていない顔である。そのような場合はむしろ、顔で起こっていることを見ない方がそこに託されたメッセージを読み取りやすくなる」と述べています(ゲーリー・フェイジン(みつじまちこ訳)『表情―顔の微妙な表情を描く―』(マール社、2005年)13-14頁)。関連して、いわゆるジト目キャラは感情を表に出さないことが多いという点にも留意すべきですね。

*5:ゲーリー・フェイジン(みつじまちこ訳)『表情―顔の微妙な表情を描く―』(マール社、2005年)13頁。

*6:たとえば、躍動感のある絵には迫力があると言われますが、躍動感があればなぜ迫力が出るのか、その機序をきちんと説明できる人はいるのでしょうか。「こう描くと可愛さが強調される」とか「この構図で描けば力強さが出る」といった話についても全て同様のことがいえるでしょう。